居場所がなかった

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死にたい、消えたい。

そんなコメントをもらうたびに「どう返信しよう」と迷いながらも、その時感じたことを書いてきました。

 

私の記憶

ブログ内で何度か書いてきましたが、私も子どものころから「死にたい」と思って生きてきた人間です。

大きな原因は親との関係です。

勉強をしたら怒られる。

何か言えば怒られる。

「かわいくない」「いやしい」なんて言葉をかけられる。

弟にはお弁当を入れるのに、私には入れてくれない。

母とは小学生低学年の頃からこんな感じで、いつも母の顔色をうかがって過ごしていました。

ある日、怒られることに耐えられなくなって、考えることを止めました。

考えることを止めるというのは、自分の意見を持たない。自分の気持ちに目を向けない。ということです。

そうしたら怒られなくなる。いいこと思いついたな―私。って喜んでいました。

 

 

考えることを止めて、それから怒られるのが減ったのか。

覚えていません。

ボーっと過ごしていたからかな。

 

母の暴言は中学生のころまで続いてました。

それは覚えています。

深く傷ついた記憶は残っています。

 

私の子どものころの思い出はこんな感じで暗いのですが、

母の記憶はまた違います。

 

 

母の記憶

母にとっては私は育てにくい子で、しかも年子の弟がいるので育児は大変だったでしょう。

父は仕事人間であまり家にいませんでした。

おまけに生活に余裕がなかったので、イライラするのは当然です。

小さいころの弟は病弱で、健康だった私に当たってしまったのでしょう。

それでも私と弟を平等に育てたつもりだと言っていました。

初めてこう言われたときは怒りで卒倒しそうでした…

 

母は25歳で私を出産していますので、育児期の母が未熟な大人であっても不思議ではありません。

40代の私もまだまだ未熟ですから。

自分が大人になったらわかります。

大人も完璧じゃないって。

 

このように、母と私の昔の記憶は全然違う印象で残っていますが、今はもう、そんなことはどうでもいいです。

 

 

前置きが長くなりました。

 

死にたい気持ちはいつ消えたのか

死にたい、消えたいというコメントを書く人の気持ちが、私は本当にわかっているのか。

そんなことを考えました。

何十年も苦しいと思いながら生きてきた私が死にたくなくなったのはいつだったか。

きっかけは何だったか。

 

「人生が変わった」と私は思っている。

40代で人生が変わったと思っている。

それは40代で仕事を辞めたから。

 

ちょっと待って。

私は働くことが好きではなかったから、退職してラクになったのは確か。

そういう意味では「人生が変わった」。

 

でも死にたい気持ちが消えたのはもっと前だったような…

結婚したときは、まだ苦しかった。

妊娠がわかったときも、まだ苦しかった。

出産後も、まだ苦しかった。

夫と協力して子育てをしているあいだに、ここが私の居場所だって思えて、私の死にたいは消えたんですね。

そうでした。

 

ずっと居場所がなくて苦しかったんだ…

居場所はここだって生まれてはじめて思えて、ようやく私の人生が始まったんだ…

 

 

記事を書きながら気持ちと記憶を整理しています。

続きも書かせてください。

 

 

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